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↑ 支援者の方にいただいたお金で買った卓球台です。
休み時間の度に、みんなで遊んでいるそうです。
ボランティアの方の話では、
子どもたちより、教師の方が夢中になっているとか・・・。
この場を借りて、ありがとうございます。
さて、以前に書いたが、
カンボジアの学校では、
音楽・美術・体育の授業は、ほとんどない。
学校によっては、体操をするところもあるようだが、
それも、数えるほど。
協力隊の体育教師が入ったりしてるそうだが、
まだ一部。
一応、人気があるスポーツは、
サッカー、バドミントン、バレーボール、卓球。
でも、遊び場所が少ないので、
バドミントンなんかは、
ちょっと幅が広い歩道でやっていることも多い。
ビリヤードも人気があるけど、
スポーツと言えるのかどうか。
そんなビリヤード場の時間待ちに使われることが多かった
卓球台だが、
3年ぐらい前に、ちょっとしたブームがあって、
卓球を出来る場所が増えた。
しかし、ブームは去るのも早いのか、
今は、卓球を出来る場所は少なくなってきている。
私がカンボジアに住んでいたときは、
毎週のように、卓球をしに行っていたが、
自分は卓球が上手いと言っている人でも、
そこそこのレベル。
私が一番、上手いなと思ってたのが、
11歳の中国人の女の子だったし。
私だって、別に卓球部に入ったことはなく、
高校のとき、テニス部で、
冬場は練習できなくなるので、
昼休みに卓球をしていたぐらいのものなので、
たいしたことはない。
カンボジア人、あまり体力がないのだ。
プノンペンだったら、
どこへ行くのもバイクだし。
暑くて、ちょっと歩いたら、疲れるのもあるんだけど。
それと、握力が弱い人も多い。
がんばれ、カンボジア人!
というわけで、このフリースクールから、
それなりのレベルの卓球選手が出る日が来るのを、
心待ちにして。
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↑ ラオス・ビエンチャンの観光名所。
この下に、竜が眠っているらしい・・・。
ラオスに関わって、早5年。
初めて、観光客っぽい写真を撮りました。
いつでも、撮れるからいいや、と思って、
撮ったことがなかったんですが、
もう、度々遊びに行けるところでも、
なくなりそうなので、記念に。
前回の続きで、ラオスのお金持ち。
建築屋の社長と、タイ買出し。
4時ぐらいに国境のゲートのところの
フェリーが少なくなるので、
2時半ぐらいに、現場の町を出発。
現場から、国境の町まで、1時間ぐらいなので。
村役場で、何かの申請を、
さらに、フェリー乗り場の近くで、
車でフェリーに乗る手続きをして、
4時に国境越え。
国境を越えて、また、いろいろ手続きをして、
その町1番の高級ホテルへ。
1泊、3000B(9000円ぐらい)、
お金は社長払いで。
財布がバーツで潤ってた。
注意:癒着は一切していないので。
その後、町一番のショッピングセンターで、雑具の買出し。
でも、普通にショッピングセンターが楽しくて、
なぜか、洋服とかを買ってた私・・・。
それから、メコン川沿いの町なので、
シーフード料理を食べる。
海老づくし+ちょっと高級ワイン。
ここも社長払いで。
しつこいけど、お金もほぼ振り込み後なので、
接待でもない。
そんな感じで、
次の日の食事も、社長払いで、
とても優雅なタイ出張。
いやー、満足満足と思って、
いくら奢ってもらったか、計算した後、ふと気づく。
奢ってもらった分と、
私が、現場のおっちゃんやにーちゃん達に
差し入れしたビール代の合計、
ほぼ同じ。
そういうことか、納得。
でも、ひと時のセレブ気分だった。
あれ、なんか、適当に書いてます?
やっぱり、連続ものは書けないわ、私。
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↑ ラオスの街角の風景。
観光客を、話しながら、案内するお坊さん。
仏教が、人の生活に息づいています。
ラオスに滞在した1週間。
ほぼ、毎日昼からずっと飲んでいた。
そういえば、ラオスで働いていたときは、
1週間に8回は飲んでたような。
(毎日飲んで、雨の日は仕事ができないので、
朝から、ちょっと飲んで、雨がやむのを待っていた。)
さて、ラオスで過ごしたお正月の話は、
毎日ビールを飲んで、終了なので、
ラオスで働いていたときの話。
私がやっていたのは、
村にコミュニティーセンターを作るというプロジェクト。
その時の施工を担当していた会社の社長のことで。
その会社は、なかなか大きくて、
社長が、ラオス各地やタイで、建築資材を買い付けて、
その下に付いている、
ラオス人とベトナム人が、実際に現場で作業をするのだが。
この社長、本当にお金持ち。
きっと、私がしていたプロジェクトでも
もちろん儲けているんだろうけど。
まず、一人で車7台所有。
しかも、ほとんどが4WDの大き目の車。
レクサスなんか、色違いで持っているという、大人買いぶり。
月曜から日曜まで、日替わりで楽しめて、
それ以外に、工事用の車も持っているんだから、すごい。
ラオス人の普通の給料なんて、
100$ぐらい、良くて200$ぐらいなのに、
なんじゃ、こりゃー、と当時、思っていたけど、
大学を出て、ソ連に留学して、建築を学んで、
次に、タイで経営学の修士を取ったそう。
まあ、確かに出来る人で、
なかなか仕事は早かった。
そして、建物がある程度建て終わって、
90%終了時点でだましだましで、
オープニングセレモニーを行った。
その前、1週間はかなりテンパってて、
よく形にしたな、というぐらい。
そのお祝いを兼ねて、というか、
私が、その村から少し行った町にある、
タイ国境を越えたことがないので、
建物が、完成したら、
絶対、向こう岸のタイで、
エビ料理を食べると宣言していたからか、
いや、本当は、タイの家具屋で、
家具を見に行くのが狙いだったんだけど、
私の社長公認で、
二人でタイへ行って、次の日に帰ることになった。
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明けましておめでとうございます。
昨年は、このブログを読んでいただき、
そして、時には応援していただき、
本当にありがとうございました。
今年も、皆さんの期待に沿えるように・・・
と書いて、できるかどうか、不安ですが、
より一層、頑張っていくつもりですので、
よろしくお願いします。
お正月は、ラオスに行っていました。
カンボジアに行こうとも思いましたが、
航空券が高いので、
2月のベトナム正月に、ゆっくり行くことにして、
ラオスで、リフレッシュと言っても、
懐かしい顔に会って、
ビールを飲む毎日でした。
上の写真は、ラオス航空のプロペラ機。
ベトナム航空はチケットが高いので、
迷わずラオス航空を選択。
いや、久々のプロペラ機で、
なぜか、私はいつもの定位置、羽のすぐ後ろ。
(どうしたものか、いつも似たような席)
以前に長いこと住んでいたラオス。
カンボジアやベトナムで、
疲れた体を癒すのには、ぴったりなんですが、
私も在ベトナム、早1年。
ベトナムに染まったんでしょうか。
ラオス人、もっと働いた方がいいのでは?
なんて、ラオスに長い間、関わってきて、
初めて、思ってしまいました。
昔は、このやる気のなさが、大好きだったんですが。
と言っても、2、3日いたら、
このだるーい感じに、元のようになじんでました。
去年の年越しは、
年末はカンボジアで過ごして、
大晦日に、今の会社の社長と、バンコクで面接でした。
社長は、他の会社の社長仲間と、
ベトナムから、バンコクに、ゴルフ旅行に来ていて、
たぶん、早く他の人と合流したかったんだと思います。
私の履歴書を見て、
とりあえず、インドが入っているのを確認。
インドでやれれば、どこでもやれるね。
と私に言ってきました。
私も、たぶん・・・と答えて、
他の国での苦労話などを話していたら、
もういいよ、君に決めた、と
後は、契約条件とその後の日程の確認で、
1時間かからないで、面接は終わりました。
さて、それからです。
社長が飲みに行くと言うので、
途中までタクシーで同行。
私は、バスで、伊勢丹へ。
知り合いに会って、お祝いでもしようと思っていたんですが、
伊勢丹の前では、年越しコンサートの準備で、
人が大混雑。
1分で10mも歩けない状態。
(ここからは、丁寧な言葉は抜きで)
しかも、途中異臭騒ぎがあり、
みんなが咳ごんで、ハンカチで口を押さえていた。
私も、気持ちが悪くなって、咳が止まらなかった。
その上、その日の昼にカンボジアの空港で食べた、
おしゃれサンドイッチにあたったようで、
猛烈にお腹が痛くなってきた。
とても、伊勢丹どころではないと、
とりあえず、バスが乗れるところまで。
もう、タクシーでもいいと思っていたが、
タクシーは素通り。
なんとかバスに乗り込んだものの、
自分が降りるバス停の2つ前ぐらいのバス停で、
あまりの気持ちの悪さに、降りて、座り込む。
水をちょっと飲んで、フラフラしながら、
歩いては休み、休んでは歩き、
なんとか自分の宿にたどり着く。
結局、それから、ベッドとトイレの行き来で、
年が明けてしまったのだが。
その大晦日は、バンコクで爆弾テロ騒ぎがあって、
死亡者も出たほど。
あのまま、具合が悪くなることもなく、
知り合いに会いに行っていたら、
ドンピシャで、テロに会っていた。
自分の運の強さを確信しながら、と言うとかっこいいが、
ベッドで、フラフラになって、
テロのニュースを見て、
水を飲み続ける私の姿は、
年明けの喜びとは、程遠いものだった。
ありがとう、カンボジアのおしゃれサンドイッチ。
自分が、おしゃれな食べ物に拒否反応が出たのかと、
思っていたが、
まさか、私の命を救ってくれるとは。
カンボジアの神様は、私の味方のようだ。
ほとんどラオスの話に触れることもなく。
明日こそ、ちょっと触れてみます。
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↑ 今年のクリスマス会の写真が、まだ来ていないので、
去年の写真で、雰囲気だけ、伝わればいいんですが。
このカンボジアのフリースクール「愛センター」で
現地責任者を努めるタイホートさん。
もう付き合いは4年目。
すごく信頼していて、
お金のことも、任せられるぐらいの人である。
私の一つ下なんだが、すごくしっかりしていて、
精神面では、どっちが上か分からないぐらいで、
いつも、気を使って、立ててもらっているのだが。
フリースクール内では、
子どもたちを厳しく指導する、
というポジションになっているけど、
根は優しくて、子どもたちもそこら辺はよく分かっている模様。
という、事前情報があると、
これからの話は、イメージしやすいかも。
上の写真にもあるように、
クリスマス会の恒例行事で(と言ってもまだ3回だが)、
風船に願い事を書いた紙を書いて、つるすという、
七夕の短冊ニューバージョン。
子どもたちは、~がほしい、とか、~になりたい、などと
書いている中、
このタイホートさんが、3年連続で書いている願い事。
「渡辺さん(私のこと)が結婚できますように。」
ごめんね、毎年、タイホートさんの願い事を差し置いて、
私の結婚を心配してもらって。
去年も書いてたので、その時、
「子どもたちに何か、聞かれなかった?」
と聞いてみたところ、
「子どもたちに聞かれたので、
渡辺さんはいい人なのに、なかなか結婚できませんから、
代わりに、私が神様にお願いしています、
と説明しておきました。
子どもたちも納得していました。」
との返事。
確かに、子どもたちもほとんど、
私のことが分かるから、いいんだけど。
(いつも、ボランティアとして、登場しているので、
どんな認識なのかは、よく分からないところだが)
いいよ、いい人なんて、優しく説明しなくても。
そして、子どもたちもなぜ、素直に納得している?
本当に、申し訳ない。
今年も、書くと張り切ってくれていたので、
この元気がため息に変わる前に、
嫁に行きたいものだ。